Lab におけるExcellent ARTのための機器管理と災害対策
2017年度 年次大会-講演抄録|日本臨床エンブリオロジスト学会 Workshop Excellent ART への挑戦
学会講師:菊地 裕幸
Abstract
培養室で取り扱う機器は,各メーカーから様々なタイプが販売されており,施設規模,使い勝手,コスト面等から採用されている.
しかし,どんなに優れた機器であっても,絶対的なものではない.その特性をよく理解し,自施設に適した運用や管理をしなければ,その性能は生かされず,万が一のトラブルや成績低下の際に,その原因が患者側にあるのか,培養士の技術にあるのか,それとも機器にあるのかの判断がつきにくい.
近年では,タイムラプスインキュベーターを使用する施設もあり,培養液交換不要なシングルメディウムを併用することで,インキュベーターから取り出さずに長期間の培養が可能となってきた.培養士として簡便な機器も増えている一方で,感覚だけでなく,よりいっそうリスクマネジメントが問われるようになってきている.
機器に不具合が起きても,複数台の所有や,代替手段を用意しておくことが理想的だが,全ての施設で可能とは限らないことから,インキュベーターやマニュピレーターなどのラボの重要な機器は,定期的な業者によるメンテナンスは惜しまず行うべきであると考える.
培養士による日常点検も,ただ確認するだけではなく,その状態をよく理解し把握する必要がある.例えば,インキュベーターは表示値や実測値だけを確認しOKではなく,測定機器の校正も行う必要がある.供給ガスの消費量や液体窒素タンクの蒸発量を把握することでトラブルを未然に防ぐことも可能である.さらに,許容範囲の基準とトラブル時の対処法を定め,どのスタッフでも早急に修正などの対応ができるように,トレーニングや情報共有を行うことが望ましい.
当院(旧 吉田レディースクリニック)は,2011年3月11日の東日本大震災の際に5日間の長期停電を経験した.
耐震構造のため,建物への被害はさほど大きくはなかったが,電気・ガス・水道・交通機関はすべて途絶え,自家発電装置が稼働したが,軽油の調達に困難を極め,培養室の電気供給を止めざるを得なかった.幸いにして事前の地震対策や備蓄,スタッフ1人1人の行動が功を奏し,震災時に保管されていた受精卵も,余震の混乱の中緊急で凍結保存を行った受精卵も,震災による影響は見られていない.
この経験から,2017年1月の移転の際にも培養器等の固定はもちろんのこと,監視システムも導入し,24時間の培養環境(温度,ガス濃度)が確認でき,異常時には培養士に通報が送られるようになっている.繊細かつ微小な命であるからなおのこと,培養士は日常点検と安全対策を怠らず,患者に安心してExcellentなART治療を受けていただけるよう努力する必要があると考える.