体外培養着床前胚の発生に及ぼす脱イオン化 血清アルブミンの効果
2019年度 年次大会-講演抄録|Symposium 1 「ARTを行うための理想的な培養液とは」
学会講師:山田 雅保
Abstract
血清アルブミンは, 膠質浸透圧調節や, 微量成分のキャリアーとしての働き, そしてアミノ酸の供給
源など, 多様な作用を持っている.近年, 血清アルブミンがそのレセプターに結合することで細胞内シ
グナル伝達因子や転写因子を特異的に活性化させることから, 細胞の増殖, 分化への関与が示唆されて
いる.ところが, 血清アルブミンは胚発生の場である卵管液の主要タンパク質であるにもかかわらず,胚
発生におけるその役割については未だに不明な点が残されている.この原因の一つに, 市販の血清アル
ブミンには胚の着床前発生にとって有害な Zn2 +や Cu2 +などの重金属イオンのような物質がごく微量混
入していることが原因の一つと考えられる.実際これまでに,このような混入物質を除去するために,イ
オン交換樹脂による脱イオン化処理が試みられており, 脱イオン化ウシ血清アルブミン(deionized BSA,
dBSA)にヒト骨髄細胞のコロニー形成やヒトES細胞の分化誘導を促進する活性が認められている.本講
演では, 体外培養での受精胚および体細胞核移植胚の発生に及ぼす脱イオン化血清アルブミンの促進効
果について述べる.
マウス受精胚の体外培養では,金属キレート剤であるEDTAと合成ポリマーであるPVPを含むKSOM培
地(KSOM+)が一般に使用されている.EDTA不含KSOM培地(KSOM−)では,ICRやddY系マウスの
受精胚は2細胞期で発生を停止する.また,AKR 系マウスでは,KSOM+培地でも2細胞期での発生停止現象が起こり,その解除には培地からリン酸を除去する必要がある.しかし,KSOM−培地においてもdBSAの添加によって,上記のいずれの系統のマウス受精胚も2細胞期を超えて高率に胚盤胞期へ発生する.
マウス体細胞核移植胚の発生もdBSAによって促進される.ホノルル法では, ドナー体細胞(卵丘細胞) を高濃度の PVP を含むインジェクション液とともに除核卵母細胞内に注入することによって再構築胚が作成される.PVPは細胞内で分解されないことから,その発生に悪影響を及ぼす懸念が持たれる.そこで, PVP の代わりに dBSA を注入したところ, 再構築胚の前核期および2細胞期でのヒストン H3K9 および H4K12 のアセチル化レベルの増強とともに、着床前発生のみならず着床後のクローン産仔への発生が促進された.以上述べたdBSAの受精胚および体細胞核移植胚の発生を促進する活性は, 脱イオン化ヒト血清アルブミンに存在し, 無処理血清アルブミンや脱イオン化処理γグロブリンには認められない.従っ
て, 脱イオン化血清アルブミンの胚発生促進メカニズムは明らかではないが, 体細胞核移植胚に注入さ
れた場合, それは胚性ゲノム活性化時期における遺伝子発現のエピジェネティック制御を介して胚発生
を促進することが示唆される.