顕微授精の成功率を上げるために ~実験動物における顕微授精の視点から~
2019年度 年次大会-講演抄録|日本臨床エンブリオロジスト学会「よくわかる!精巣内精子(細胞)の採取と選別〜工夫,コツ,こだわり〜」
学会講師:越後貫 成美
Abstract
ヒトの生殖補助医療に精子を用いた顕微授精技術(ICSI)が導入されてから 30 年近くが経過した.一般 的に ICSI は体外受精(IVF)が困難な場合に適用され ることが多い.一方, 実験動物において顕微授精技 術が適用される場面は,ヒトと同様に自然交配やIVFによる産仔獲得が望めないケースに加え, 発生学研究の一手法としても利用されている.特にマウスにおいては,ICSI以外にも伸張精子細胞(ELSI),円形精子細胞を用いた顕微授精(ROSI), 一次精母細胞を 用いた顕微授精での産仔獲得が報告されている.卵子の安定した品質により, マウス顕微授精法は他の動物種に比べて高い産仔率が期待できるが, 用いる雄の繁殖状況や精細胞の状態によって顕微授精に用いる精子・精細胞をその都度選択している.例えば,精巣上体尾部に精子が存在していても一定期間繁殖が成立していない個体であれば, その精子は細胞学的に死滅している可能性が高い.この場合, 実験には精巣内精子または精細胞を選択する.また, 凍結保存された精子・精細胞に加え,2-3 日低温にて保存された精巣上体および精巣由来の精子・精細胞でも顕微授精により産仔が得られている.凍結精子を利用する場合,K+-rich な細胞浮遊液を用いることで
Na+の流入を防いで細胞へのダメージを極力抑えるこ とが重要である.また, 精細胞を用いる場合は, 細 胞採取時の温度や培養液等に配慮している.このように, 用いる精子や精細胞の状態に応じた細胞処理法や顕微授精法をその都度的確に判断することで受精率の向上が期待できる.
しかしベストの条件下においても, 産仔を得る効率は一般的に,IVF > ICSI>ELSI>ROSI>一次精母細胞を用いた顕微授精の順となる.その理由としてgenetic な原因と epigenetic な原因が考えられる.たとえば,ROSI 胚においては DNA メチル化状態 がIVF や ICSI 胚と異なること, 一次精母細胞由来胚では卵子内で生じる減数分裂時に染色体分裂異常が発生しやすいことなどが報告されている.また, 正常 ヒト に生まれても何らかの顕微授精の影響が残る可能性がある.ヒトの生殖補助医療においては, 自然妊娠との相違が調べられることが多いので,IVF と ICSIの比較はあまり行われていない.
一方, マウスでは,両者の比較が多く行われている.例えば,ICSI胚では、 発生過程から出生時に至るまで 5%程度の遺伝子に発現変化が誘導されること, 成体マウスの行動量に有意な減少が認められることなどが明らかにされている.以上のような知見は, 実験動物を用いた顕微授精技術の詳細な研究が進むことで得られるものであり, 生殖補助医療分野の発展にも貢献すると考えられる.特に精細胞由来胚の低産仔率の解明および改善が進むことは, 今後ヒトにおいても症例数の増加が予想される精細胞を用いた顕微授精への応用に役立つと思われる.本発表では,げっ歯類以外でも,小型霊長類マーモセットの ELSI・ROSI および補助的な卵子活性化法についても知見が得られたので, 併せて報告したい.