重篤な遺伝性疾患を対象とした着床前遺伝学的検査と 生命倫理 – 過去・現在・未来-
2023年度 年次大会-講演抄録|Current topics2
学会講師:三上 幹男
Abstract
日本産科婦人科学会(JSOG)では1998年「着床前診断に関する見解」発表後、重篤な遺伝性疾患に限り1 症例毎に審査し着床前診断実施を容認してきた。その後見解には適時追加修正が行われてきたが、2020年より2021年にかけて広く社会に意見を伺うために「PGT-Mに関する倫理審議会」を行い、その報告書をもとに見解を改定し、2022年4月新たな重篤性の基準、審査システムでの事例審査の開始に至った。
見解改定以前は、成人に達する以前に日常生活を著しく損なう状態が出現したり、生命の生存が危ぶまれる状況になる疾患を、重篤な疾患の基準としていた。この基準は、成人に達する前に亡くなるか、人工呼吸器が必要となるような状態、と解釈されていたが、その解釈には該当しないが「日常生活を強く損なう症状」とも捉えられる事例申請があり、様々な意見があったことから、重篤性の考え方、判断の流れに関して再検討必要ありと判断し「PGT-Mに関する倫理審議会」を開催した。その結果、新たな重篤性の定義は、「原則、成人に達する以前に日常生活を強く損なう症状が出現したり、生存が危ぶまれる状況になり、現時点でそれを回避するために有効な治療法がないか、あるいは高度かつ侵襲度の高い治療を行う必要がある状態」とした。この改定は、成人以後に発症する疾患でも、人工呼吸器が必要となるような状態でなくとも審査対象となることを意味している。新たな重篤性での申請では、担当生殖医療専門医、遺伝疾患専門医、臨床遺伝専門医、この3名が申請者になることとし、異なる見地からの意見を総合した上で申請を行って頂く形 (PGT-M希望夫婦・遺伝性疾患患者本人・PGT-Mに関しての中立性/自律性を尊重する立場)とした。審査では、専門学会(臨床と遺伝関連)にも、①医学的視点(分子遺伝学的な視点での診断正確性と重篤性の基準)での判断、その上で②PGT-Mを希望するご夫婦の生活背景や置かれた立場・考えも考慮し総合判断、を意見書として提出いただく。それらを総合して外部委員を含んだJSOG内審査小委員会で判断するが、そこでは委員の全員の一致をもって承認とし、判断が不一致の時には、臨床倫理個別審査会(小委員会での情報以外に、申請者も出席可能で発言の機会がある、該当疾患の地域での福祉・サポートに関しても考慮)での最終判断に任せるという流れである。今までとの違いは、重篤性の基準の改定、専門学会の先生方の意見を伺うこと、PGT-Mを希望するカップルの背景について考慮を行うこと(カップルが意見を提出可能、申請者が代弁できる、など)、一定の条件で再申請できること、個人情報について注意しながら審査結果は公表すること、などである。今後、様々な議論すべき課題が生じてくることも予想され、PGT-Mに関する継続審議小委員会にて広くオープンに議論を継続していく。