Papers and Abstracts

論文・講演抄録

甲状腺疾患専門医の立場から-甲状腺機能と妊娠

伊藤 公一

2016年度 年次大会-講演抄録Current topics「ARTにおける甲状腺機能評価の重要性-ARTの治療成績向上につながるか-」

学会講師:伊藤 公一

Abstract

甲状腺疾患は極めて頻度が高いものの,特異的な臨床兆候を認めず,さらには健診項目や通常のルーチン検査に,それらの項目が含まれていないために,発見が遅れてしまうケースが多々存在する.

とはいえ,その診断技術の進歩は著しく,いったん疾患の存在を疑い,血液検査と頚部超音波検査を行えば,殆どの場合で即座に確定診断が下せるようになった.

そして,いずれの場合も圧倒的に女性に多く,妊娠可能年齢にも一致する.そこで胎児の成長には甲状腺ホルモンが非常に重要であり,機能性疾患であるバセドウ病と橋本病で問題となる.

バセドウ病は血中高感度TSH測定による甲状腺機能の正確な評価と,TSH受容体抗体測定(TRAb値)による自己免疫機序の活動性評価により,鑑別診断から重症度の把握までが容易となった.また橋本病についても自己免疫検査(TgAb,TPOAb)の定量法普及により,診断率が飛躍的に向上してきた.

さらに最近の知見で,両疾患に罹患してないまでも,甲状腺の軽微な異常が妊娠に影響を及ぼすとされ,潜在性甲状腺機能低下症が不妊症の一因として注目されてきた.実際に欧米のガイドラインでは,最も鋭敏に甲状腺機能を反映するTSHを妊娠初期に2.5μIU/mL 以下にコントロールすることが推奨されている.そして潜在性機能低下症女性へのLT4投与が体外受精の受精率,妊娠率および出生率を向上させるとの報告が散見される.

しかしながら,欧米と日本では甲状腺機能に大きな影響を及ぼす無機ヨウ素の摂取量が異なり,TSH測定キットにより基準値が異なるため,妊娠希望あるいは不妊女性のTSH値の基準値について国内においては一定の結論に達していない.また,油性造影剤による卵管造影検査実施後は血中ヨウ素濃度が上昇することにより,TSHに影響を及ぼすことが明らかである.

よって我々はretrospective studyであるが,妊娠初期TSH基準値内の患者を対象に検討したところ,TSH 1.5μIU/mL以下で流産率が減少することを見出した.さらに妊娠初期TSH>2.5μIU/mL の妊婦に甲状腺ホルモン剤を投与するprospective study を行ったところ,TSH 2.5μIU/mL 以下群で,流産率が有意に低下したことが判明した.

以上の結果より,日本人でも妊婦初期はTSHが基準値内にあっても,低めにコントロールし流産の減少に繋げることとした.

本講演では甲状腺疾患専門病院で実際に行っている妊娠と甲状腺機能に係る診療の工夫を紹介する.

loading