東日本大震災が生殖医療に及ぼした影響 −無事出産を迎える為に−
2017年度 年次大会-講演抄録|Lunchtime Session
学会講師:星 和彦
Abstract
東日本大震災の被害は甚大で,岩手県・宮城県,福島県で不妊の治療を受けている多くの方々が被災した.
福島県では放射能の影響もあり,住居を移すことを余儀なくされた方も多いと思われるが,その実態は把握されていない.
また,医療機関が大きな損傷を受け機能しなくなり,診療を受ける医療機関を変更しなければならず,治療状況に影響の出ていることも考えられる.
今回の震災に遭われた不妊治療中のご夫婦がどのような行動をされているか,さらには,その中で発生した医学的異常や治療の状況を調査することはこれからの生殖医療のあり方を考える上で極めて重要と考え,平成24・25 年度厚生労働科学研究費補助金「震災時の妊婦・褥婦の医療・保健的課題に関する研究」(分担研究者 東北公済病院 岡村州博) の一環として,「東日本大震災が岩手県・宮城県・福島県の生殖医療に与えた影響」を調査した.
岩手県,宮城県,福島県で高度生殖医療を実施している17医療施設に対して,
東日本大震災前後の 1) 高度生殖医療の実施件数の変化,2) 東日本大震災による施設,設備の被害状況,被害が治療に及ぼした影響,3) 生殖補助医療治療内容の変化,等についてアンケート調査を行った.
高度生殖医療を実施しているほとんどの施設および設備が東日本大震災により一時機能不全に陥り,治療実施に大きな障害が生じた.また,この震災の前後で高度生殖医療の実施内容すなわち治療方法,治療数に変化が認められ,またその変化に地域的差異が認められた.
具体的には,東日本大震災以降,福島県において,人口減少のみならず,医療スタッフの流出,放射能の影響,避難により通院が困難になっている等,多岐にわたる理由のために,体外受精-胚移植,顕微授精,凍結・融解胚移植といった高度生殖医療が減少していた.一方,近隣の宮城・岩手では,挙児を希望するカップルが増加してきているという印象を持ったとする意見が寄せられ,それを裏付けるように,宮城県では人工授精件数が震災後で18%増加していた.
これは宮城県に人口が流入していること,新規に不妊治療を始めようとしているご夫婦が増加したことを示唆している.
福島県ではとくに原発事故の影響が深刻であり,県民の感情また県の若年人口が回復するまで長い時間を要すると考えられる.
しかし,隣接する宮城県では新たに不妊治療を始めようとする気運も高まっており,放射能に対する冷静かつ正確な報道と的確な除染作業が進められれば,福島県で行われる生殖医療が回復する日も遠くはないと思われる.
地震により,精密光学機器,培養器などの損傷・損壊,電力・各種ガス・培養液・薬品などの供給停止などが診療続行に甚大な影響を及ぼしたが,医療スタッフの懸命な尽力により,幸いにも培養中・凍結保存中の配偶子・胚への影響は軽微であった.特に凍結配偶子・胚への影響は全くみられず,ガラス化法(vitrification) による配偶子・胚の急速凍結技術が大災害時の危機回避対応法として有用であることが確認された.この知見は今後の生殖医療における危機管理対策として重要である.