子宮内膜症・慢性子宮内膜炎の着床不全に対する治療戦略
2021年度 年次大会-講演抄録|Luncheon Seminar 「着床障害の原因を考える」
学会講師:木村 文則
Abstract
子宮内膜の最も重要な機能は胚受容と妊娠成立した場合のその維持である.これが障害されると着床不全や妊娠中の合併症を惹起すると考えられる.この病態に深く関わる状態として慢性子宮内膜炎(Chronicendometritis:CE)に着目した.CEは,正常の子宮内膜間質には存在しない形質細胞の出現により診断され
るが,細菌感染や種々の要因による反応性過程と考えられており,ほとんど無症状であるため臨床的意義については長い間検討されてこなかった.しかし,この数年の間に子宮内膜ポリープ,子宮内膜症,原因不明不妊,着床障害や習慣流産などとの関連性が報告され,病的意義が提唱されるようになった.このようにCEの病的意義や病態に関する研究は,世界的にも始まったばかりであることから臨床統計からその臨床的意義を明らかにするとともに,子宮内膜分化へ及ぼす影響を明らかにし,その解決につながるようにする基礎研究を行うことが必要であると考えられる.
CEの着床への影響を検討するためヒト凍結融解胚盤胞移植を用い検討した.胚盤胞を凍結した後にCEの診断を行ない,同一プロトコールを用い凍結融解胚盤胞移植を行い,CEの有無別に妊娠率,生児獲得率,流産率を比較検討したところ,CE 群ではnon-CE 群に比し妊娠率,生児獲得率が低く,流産率が高いことが明らかとなった.また,後方視的にてCEが存在したまま妊娠した症例を検討すると流産率が高く,また早産率も高くなることが明らかとなった.さらに,妊娠維持へのCE の影響を検討するために慢性脱落膜炎(Chronic deciduitis:CD)に着目した.CDは,CEと同様に脱落膜中の形質細胞の存在により診断されるが,早産や常位胎盤早期剥離などとの関連が報告されてきている.CEの有無が明らかな状態で妊娠した患者が流産した場合の検体を解析したところ,CEを有した患者が流産した場合には,有意にCDが多いことが明らかとなった.
CEの子宮内膜分化への影響を検討するため,子宮内膜間質細胞培養系を用い検討したところ,CEでは,IL1β,IL6,TNFαの分泌能が高く,脱落膜化の指標であるPRLとIGFBP-1の細胞当たりの分泌が低下していることが明らかとなった.また,子宮内膜組織を免疫化学染色で調べたところプロゲステロン受容体,エストロゲン受容体の増加が認められた.さらにCEの子宮内膜においては,妊娠成立および維持に重要な役割を担うヘルパーT 細胞の分化にも影響し,Th1の増加やTh2の減少が認められた.ヘルパーT 細胞の分化にプロゲステロンが深く関わることが知られており,CEの本態として子宮内膜のプロゲステロンへの反応性が変化(プロゲステロン抵抗性の存在)していることが明らかとなった.これらの細胞の特性は,子宮内膜症患者の子宮内膜に類似するものであった.また,CEはプロゲスチンにより治癒するとの報告も認められる.
これらを基にCE 患者にデュファストン単独投与(DYD 群),あるいはデュファストンにプロゲステロン膣座薬の併用投与(Pvsp 群)を行った場合の臨床成績を後方視的に比較検討することとした.その結果,Pvsp群においては,CE 患者のDYD 群と比較して妊娠率,生児獲得率が有意に高くなることが明らかとなった.内服および膣座薬併用による黄体ホルモン投与の増量は,
CEに対する一つの治療戦略であると考えられた.