モザイク胚と出生前診断
2023年度 年次大会-講演抄録|日本臨床エンブリオロジスト学会:モザイク胚を考える
学会講師:佐村 修
Abstract
着床前胚異数性検査(PGT-A)後の妊娠の場合に出生前遺伝学的検査を行う必要があるかどうかという点では、正倍数体と診断された胚を移植した場合には、胎児の異数性染色体異常の検出を目的とした非侵襲性出生前遺伝学的検査(NIPT)や羊水検査は原則不要と考えられるが、モザイク胚を移植した場合には考慮されることになる。
PGT-Aの染色体検査として主に次世代シーケンシング(NGS)法が用いられ、全染色体の解析が可能となる。解析に用いる少量の生検細胞(5から10細胞)からの全ゲノム増幅産物量にばらつきが生じること、またNGS法は相対的なばらつきを測定する検査法のため倍数性異常など診断がつかない異常があることなどを含め診断精度は100%ではない。また、羊水穿刺により採取した多数の細胞から染色体解析法ができる羊水検査と比較して診断精度は低下するのでPGT-Aの結果が必ずしも正しくない場合もあり得る。さらに、正倍数性か異数性かの判断がつかないモザイク胚も存在する。したがって、Preimplantation Genetic Diagnosis International Society (PGDIS)はそのようなモザイク胚による妊娠では出生前診断を強く推奨している。また、移植する場合にモザイク胚を使用することは、正数性胚を使用する場合と比較して、負の転帰のリスクが増加する可能性がないわけではない。
しかしながら、PGT-Aにおけるモザイク胚の定義に関してはその判定に関して5つの細胞から行っていることに対して、その判定をもってモザイク胚と本当にいえるのか反対する意見もある。PGT-Aで異数性ありと診断された胚の一部には正常な妊娠につながることがあることを報告している。PGT-Aの正確性を支持するものは、1回のTrophectoderm biopsy(TEB)で「モザイク」胚と「異数性」胚を区別できると主張するが、生物学的な理由と数学的な理由から、1回の平均5細胞のTEBでは、単に「モザイク」胚と「異数性」胚を区別することはできないとの意見もある。生物学的な理由としては、TEと胎児はそれぞれ異なる細胞系(胚体外と胎児)に由来し、着床前の段階ではそれぞれの異数性は必ずしも相関しない。さらに、胚盤胞後の細胞系では、それぞれ異数体細胞を排除する能力に違いがあり、胚盤胞の胚性細胞系では選択的自己修正を可能にする一方で、胚外細胞系を産生する外胚葉、ひいては胎盤ではそれができない。この違いは、完全に正常な新生児が、しばしば、限局した異数性染色体細胞を持つ胎盤から出産するという観察によって証明されている。
モザイク胚に対する対応も変化してきており将来的には胎児の異数性染色体異常の検出を目的とした出生前遺伝学的検査が必要なしとなる可能性もある。いずれの場合も出生前検査の前後の遺伝カウンセリングが必須である。