マウス精子成熟における遺伝的背 景の影響について
2016年度 学術集会 一般演題(口頭発表)
発表者:渡邊 仁美・竹田 理恵・廣田 圭司・近藤 玄
京都大学 再生医科学研究所附属再生実験動物施設
Abstract
【目的】
我々は,以前の研究で受精能獲得過程にある精子ではGPIアンカー型タンパク質(GPI-AP)遊離とラフトの局在変化が連動的に起こり,これが受精に重要な反応であることを見出した.本研究では,実験用近交系マウスで妊よう性に差があるC57BL/6系統とBALB/c系統に着目し,2系統間の精子受精能獲得過程における分子挙動(GPI-AP 遊離,ラフトの局在変化,先体反応,コレステロール遊離など)を比較し,受精能との相関を検討した.
【方法】
①受精能獲得誘導によるGPI-AP 遊離の観察.精子受精能獲得の誘導物質であるメチルベータシクロデキストリン(M-β-CD)を培養液に加え,蛍光顕微鏡を用いEGFP-GPI 遊離の観察を行った.
②受精能獲得誘導に伴うラフトの動きの観察.上記の条件で培養した精子を蛍光標識したコレラトキシンBフラグメントにより染色し,GM1の挙動を蛍光顕微鏡にて観察した.
③先体反応の観察.上記の条件で培養した精子をIzumo1の免疫染色を行い,先体反応の
進行を観察した.
④精子膜からのコレステロール遊離の測定.コレステロール結合試薬であるfilipinで精子を染色しFACSを用い,受精能獲得時のコレステロール遊離を測定した.
⑤体外受精率と産仔率の測定.両系統で体外受精を行い,体外受精率と受精卵移植後の産仔率を測定した.
⑥同一場での受精能の比較.両系統の精子を様々な比率で混合して体外受精を行い,引き続いて偽妊娠マウスに全ての受精卵を移植し,得られた産仔の眼色から両系統精子の優位性とその度合を測定した.
⑦体内におけるGPI-AP 遊離とラフトの動きの観察.BALB/c Tg雄マウスを野生型雌マウスと交配し,卵管膨大部を採取して卵を回収する.卵透明帯に接着した精子のGPI-AP遊離の有無とラフトの挙動を観察した.
【結果】
両系統間でラフトの挙動に差が認められ,これが受精能の違いを反映していることが示唆された.
【考察】
BALB/c系統の産仔数は,C57BL/6系統の約80%と有意に低いことが知られていた(日本クレアホームページ).実際に今回の体外受精実験でもC57BL/6系統の50% 程度の体外受精率であった.この原因としては,これまで精子の奇形率の違いで説明されてきたが,同一場での体外受精実験では,BALB/c 精子がC57BL/6と同等以上の受精能を示すには約9倍量の精子数が必要なことから,この低受精率は,奇形率の違いだけでは説明できない.本研究で我々は新たに,両系統間でラフトの可動性の違いを見出し,受精の効率的な進行に寄与している可能性が示唆された.ラフト可動性の観察は,ヒトにも応用可能なので,これにより,今後新たな男性不妊症診断法の確立が期待される.