Papers and Abstracts

論文・講演抄録

がん・生殖医療の全国の現状

古井 辰郎

2017年度 年次大会-講演抄録Current Topics

学会講師:古井 辰郎

Abstract

生殖細胞の凍結技術の進歩は,この技術を性腺への不可逆的なダメージを伴うがん治療前の妊孕性温存への応用にその適応を広げた.
欧米では2004年の悪性リンパ腫サバイバーの卵巣組織凍結後の生児獲得,2006年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)が米国生殖医学会(ASRM)と共同でがん患者の妊孕性温存ガイドライン発表,同時期のFertiPROTEKTやOncofertility Consortiumなどの組織の設立など,若年がん患者およびサバイバーの妊孕性温存支援がなされている.

本邦では,2004年に日本癌治療学会が「生殖医療専門医と協力し妊孕性温存に関して十分な説明」の重要性の見解を示し,がん治療および生殖医療の双方に,この問題への意識の高まりと様々な活動が行われるようになった.

具体的には,2005年の岡山大学でのがん患者に対する卵巣組織凍結の臨床研究の承認,2007年の日本A-PARTによる白血病患者を中心とした卵子凍結の臨床研究開始,そして2013年には聖マリアンナ医科大学によって卵巣組織凍結−自家移植による国内初の妊娠出産例が報告された.

一方で,がん診療の現場におけるがん・生殖医療に関する情報不足,患者に対する意思決定支援に対しては,2012年の日本がん・生殖医療研究会(現学会)(JSFP)が設立され,翌年から岐阜や岡山を皮切りとして地域医療ネットワークの構築支援が始まった.2014年には第3次対がん総合戦略研究事業として「乳がん患者の妊娠出産と生殖医療に関する診療の手引き」が出版され,乳がん診療の現場に対する情報提供の実施や医療連携支援に関わる内容が推奨グレードとともに示された.
同年,日本産科婦人科学会は医学的適応による卵子・卵巣組織凍結保存に関する見解の発表と実施施設の登録が開始された.
2015年には日本癌治療学会が「小児思春期,若年がん患者の妊孕性温存に関するガイドライン」作成に着手し,2017年秋に発刊される予定である.

また,がん患者に対する生殖機能に関する情報提供,妊孕性温存の意思決定には,腫瘍学,生殖医学,心理,看護,薬学,倫理など,学際的チームによる支援が理想と考えられている.
この体制の実現のためにJSFPは組織的な啓発活動,人材育成,資料の作成や地域ネットワーク構築支援に取り組んでいる.
本講演では,国の平成28年度がん対策推進総合研究事業「総合的な思春期・若年成人(AYA)世代のがん対策のあり方に関する研究」でJSFPメンバーによって行われた研究成果として,国内におけるがん・生殖医療ネットワークの現状とそれに伴う諸問題,がんサバイバーや専門医の意識調査を紹介し,国内のこれからのがん・生殖医療のあり方,がん患者が診断を契機として子供を持つことの意味,子供のいない人生選択などまで深く考える機会を持つこと(吉村慶應義塾大学名誉教授)の支援のあり方についても考察したい.

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