「進化する生殖医療」と未来への課題 ~これからのARTists へのメッセージ~
2022年度 年次大会-講演抄録|会長講演
学会講師:柴原 浩章
Abstract
本邦では1983 年にIVFを初成功したが,その後もARTは進化・発展し今日に至る.私は医学部6 年生の時この初成功の快挙を目の当たりにし,産婦人科医となり不妊治療に携わることを決意した.翌年本学に入
職当時,難治性の精子不動化抗体陽性不妊女性に対する治療としてIVFを成功させるという目標に向け,礒島晋三教授のもと教室員が一丸となりIVFに取り組み,1985 年に初めての分娩に成功した.今日までの間に
ICSI 等の様々な治療法が開発され,今やARTなくして生殖医療は成り立ちえない.本講演では医育機関で生殖医療を研鑚する医師の育成に永らく携わる立場から,未来を担うARTistsにメッセージを伝えたい.
1. 少子化問題の解決は最大のミッション
本邦では2021年の出生児数は84万人台と過去最少であった.COVID-19 感染拡大に伴い婚姻数は減少し,また妊娠を控える動きによる影響もある.ARTの動向は2020 年に実施されたIVFにより6万381人が誕し少子化問題解決に大貢献していると言える.最近ARTが保険適用となり不妊治療を受けるカップルは増加し,我々が果たすミッションへの期待は大きい.
2. 不妊カップルの多くは自然妊娠を願う
全ての疾患の治療には医学的適応があり,不妊治療も然りである.何となくART,何でもARTという診療姿勢はありえない.ただし近年の晩婚化,妊活開始の遅れは診療する我々の憂いであり,例えば38 歳以上の女性のスクリーニング結果から原因不明と診断しても,女性が妊娠可能な時期を鑑み時間的余裕はないという理由でARTを勧めることは否定しない.クライアントに差し迫る状況の理解を得るのに苦労することもあるが,逆に30 歳以下の女性が即ARTを申し出ることもあり,ケースバイケースでの対応能力を養いたい.
3. 医師が培養業務を担当した時代
今やARTはチーム医療で,特に胚培養士の存在は不可欠でる.2002年に日本卵子学会が胚培養士資格認定制度を発足したが,それ以前は医師が培養業務も担当した.そのような実務経験は今も診療に際し貴重な財産であり,培養業務の重みを理解できる程度の経験は積んでおいてもよい.生殖医療の道を志すからには学位取得にも目を向け,配偶子等の扱いに習熟しても損はない.
4. ミクロで様々なプロセスを想像
自分が行う医療行為から生じるプロセスを,マクロでなくミクロで考えることは重要である.例えばエコーで見た卵胞から,いかに卵子が排出され卵管采にピックアップされるのか,AIHした精子が何故,どのように卵管に向かうのか,精子を迎えた卵管の役割はどうなのか.また採卵の際にもただ卵胞液を吸引するのでなく,卵胞壁のどこかに付着する卵子をうまくこすりとれるか想像する.IVFならば媒精後の受精課程はどう進むのか,もし予想外の受精障害があれば培養皿で何が起こったのか考える.採卵数や受精率等の単なる結果にだけ興味を持つレベルら,まだまだ伸びしろは満載である.
5. 臨床をサイエンスのレベルに
私の師・礒島教授は,「臨床をサイエンスのレベルに押し上げんとあかん」というのが口癖であった.当時はEBM の概念もなく,先見の明とも言えるお考えであった.最近はガイドラインが出版され,多くの治療法のエビデンスレベルを知りうる.例えばRIFには多様な病態が関与し,様々な治療法が開発されてきた.短期的な有効性を示しても,母児の安全性は長期的な観察を要する.従って定期的に自らのデータを反省し,再現性や安全性の担保がなければ軌道修正する姿勢を持ちたい.